神奈川県下外国人遊歩規程測量に伴う旧東海道行脚(その1)日本橋〜青物横丁
神奈川県下外国人遊歩規程測量については下記の上西先生のHPをどうぞ
http://uenishi.on.coocan.jp
まずは、明治初期の頃の天下の街道「東海道」はどのような状態だったのか現地を見ることにしましたニコニコ
旧東海道スタート地点の日本橋にやって参りました。
土地家屋調査士犬「チロ太」君を連れて電車に乗って来たので通勤ラッシュは避けて。。。
AM11:00の到着です。
川の上に首都高速道路があります。
写真の方向が東海道です。
橋を渡ったら、日本橋の説明が書いてあります。
↓これは東海道五十三次の広重の絵図です。(日本橋を南より望む)
↑広重にならって、撮影しましたが、風景が全然ちがう(笑)あたりまえか・・・
広重を真似た撮影後、振り返り、すぐに歩きだすと、日本橋の交差点です。
右手に大手町へと通じる道路があります。先のビル群の位置は大名や旗本が生活した町です。
広い道だ~。
ただ、東京は空襲で焼け野原となったので、このあたりの道幅も昔とは違うのでしょうね。
日本橋交差点、東海道を進みます。
楽しそうに散歩♪するチロ太君。
グイグイ引っ張って心強い爆 笑
右手に八重洲通りを見ると東京駅の八重洲口です。
昔はこのまま江戸城に向かう道があったのだろう。
現在は赤レンガの東京駅がどっしりと構えています。
京橋です。と言っても橋はなく、川を埋め立てたのだと思います。
上には首都高速道路。
宮城のカリスマ会長が愛用する文具店「伊東屋」が見えてきました。
グレーのポストがおしゃれですね~
「伊東屋」の前に銀座発祥の地。
坂本竜馬が大政奉還の際に江戸の金座・銀座を京都に移転して、幕府の経済力を衰退をさせて無血革命を目指していた。
ちなみに金座は現在の日本銀行がある場所だそうです。
銀座の山野楽器前、日本で一番土地の価格が高いところで有名です。
我々がする境界の測量もかなりシビアにやります。
ここの場所ではありませんが、銀座で過去に境界の測量をした際には、mm単位でバッチリ測るは勿論のこと、点検測量を何度もしました。甲1の制限以上にシビアにやります。
日本でも銀座周辺だけは境界の測量のシビアさは、別格ですね。
何度も測定をするので、境界の測量費用も高くなります。
銀座を抜けると新橋です。
新橋は日テレがサラリーマンのインタビューをすることで有名ですが、京橋と同じく橋があったんですね。現在、橋はありません。上に首都高速道路が通っています。新橋駅からは少し離れています。
写真は銀座を振り返ったものです。
日テレ前に寄り道してみました。
チロ太君はこのモニュメント?になぜか吠えまくり、ビビっていました(笑)
日テレのニュース番組系でよく使われているところです。
新幹線が良く見えます。
スタートして一番最初に見た神社「日比谷神社」です。
う~ん、小さい。ま、土地代が高い東京だからねニヤリ
そろそろお腹が空いてきましたショボーン
写真道路案内板付近まで進み、
すると、なにやら行列が!?
お弁当屋「かわの」さん発見です!!
迷わず、購入です爆 笑
お弁当買ってしばらく歩くと左に浜松町駅、右に増上寺大門。
ちょっと道を外れて、増上寺・芝公園で昼食をとることにします。
増上寺前まで来ましたが、手前の日比谷通り沿いの公園でランチタイムを取ることに。
増上寺は、徳川家の菩提寺で歴代将軍の墓地があります。
私は、前に行ったことがあるので、東海道を外れるのはここでストップ。
ちなみに伊能忠敬記念碑もこの芝公園内にあります。
メタボを気にして魚弁当にしました。
550円。スープは100円。チャリーーン爆 笑
プチトマトは嫌いなので、食いしん坊のチロ太君が食べてくれました爆笑
昼食を終えて、東海道に戻ると建設コンサルタントに勤めていたときに設置した境界標がきれいに残っていました。確か20年前かな?
左が国道の金属標。右が東京都交通局の金属標。
これだけきれいに残っているのだから、当時の先輩達の教えが良かったんだと改めて感じました。
しばらく、歩くと金杉橋です。ここも上に首都高速道路が通っています。
ここまで、日本橋、京橋、新橋、金杉橋とあり江戸城は水の利も得ていたことがよくわかります。
そして、現在では土地の価値が高く近代化がいち早く進んだ東京ということもあり、これらの橋の上には首都高速道路通っています。
歴史の流れを感じますニコニコ
芝4丁目の交差点です。
左に曲がるとレインボーブリッジへ行くことが出来ます。
ここで東海道は右へ大きく鈍角に曲がります。
この曲がりは、昔の東京湾沿岸が東海道に平行だったことが地図を見ると予想できます。
三田駅のすぐ近くです。
江戸城無血開城となることで有名な西郷隆盛と勝海舟の会談がここ薩摩藩邸でされた。(薩摩藩邸跡地)
やっぱり東海道はすごい。歴史が動く瞬間を静かに見ている。
暑くて、チロ太もへばってきたので、ファミリーマートのオープンテラスで休憩。。。
西郷さんの縁の地なので鹿児島発祥の白くまアイス(棒タイプ)を食べた照れ
チロ太君には、キュービックのおやつをあげたラブ
高輪大木戸跡地。
説明では旧東海道の道幅は約6間(10.90m)あって、この石垣を道の両側に築いて、そこに木戸を設けて、治安維持と交通規制を行ったと記してあります。
この石垣から写真左側に現在の東海道があるのですが、木戸が設けられていた当時のことが想像できます。スゲーーーアップ
木戸跡地から海岸側を望むと写真にある線路あたりが明治の頃は海岸線だったそうです。
線路の向こうにビルが沢山建っています。
埋め立てが盛んに行われたのが良くわかります。
木戸跡地を過ぎてすぐ泉岳寺の入口があります。
京浜急行電鉄を利用されている人は良く知っていますが、終点の駅でも有名です。
街道沿の神社や寺院には何かヒントがあるかもしれません。寄り道をすることにしました。
泉岳寺には忠臣蔵で有名な赤穂義士の墓地があります。
大石内蔵助の像。
この時チロ太君はお疲れのようだったのでリュックバックに入っていましたガーン
赤穂義士の仇・吉良上野介の首級を洗った井戸水。
その後、赤穂義士はその首級を主君・浅野内匠頭の墓前に供えたそうです。
なんとビックリマーク高島嘉右衛門の墓地がありました。
高島嘉右衛門は日本初の鉄道(現在の新橋~桜木町)の開通にも寄与された人です。
高島新田を埋め立てして鉄道等の発展に尽力されたました。
横浜市営地下鉄の高島町駅は、嘉右衛門が由来で名づけられています。
横浜では有名な偉人です。
昔から、東海道が横浜と東京を繋げていることを強く感じました。
先へ進むと赤穂義士の墓地があります。(写真は墓所正面)
写真奥の屋根付きのお墓が大石内蔵助、手前から3つ目のなぜか受け石があるお墓が堀部弥兵衛(堀部安兵衛の養父)
泉岳寺は曹洞宗で本山の一つは横浜の鶴見にある総持寺だそうです。
ここでも、横浜と東京の繋がりが・・・。
泉岳寺をあとに東海道に戻って参りました。
高輪付近です。品川まであと少しあせる
品川駅は特に気になるものはなかったのでスルー。
品川駅を過ぎると、八ツ山橋。さすが品川!!線路が多い。
写真左のビルの間が旧東海道です。
ここから、現在の東海道と分かれ旧東海道へ向かいます。(旧品川宿入口)
チロ太君はお散歩が大好きですが、さすがに疲れた模様。
品川宿の案内板前で小休止。
↓広重の品川宿の絵図
↑広重と同じ方向から撮影したかったが、地形の関係で無理でした。
写真は京浜急行電鉄の踏切から旧東海道を望む。
広重の絵図を見ると左のマンションの位置は、元々海だったはず。。。
旧東海道に入りすぐに土蔵相模跡地があります。
高杉晋作ら幕末の志士がよく会合していた妓楼です。
桜田門外の変・品川の御殿山の外国公使館を焼討ちの前に志士達は、ここに宿泊していました。
旧東海道を少し歩くとちらほらと左右に横道があります。
左方向の写真を撮ってみました。
わかりますか?旧東海道より道が下っているのです。
広重の絵図のとおり、左はすぐ海だったことが想像できますびっくり
旧東海道は現在の東海道と違って、当時の道幅が想像出来てワクワクしますね。
写真は、創業明治28年のせんべい屋「あきおか」さんです。
お土産にあられせんべいを購入しました音譜
しばらくあるくと歴史を教えてくれる情報がちらほら。
品川宿は、当時でもかなりの賑わいをみせていたようです。
一心寺。品川の成田山だそうです。
町の取り組みもいいですね。
雨水桝蓋の旧東海道がいい。
品川宿本陣跡地です。現在は公園になっているので入ってみました。
そしたら、こんなにきれいな石畳みが・・・。現在と過去の地図を重ねたものです。
我々、土地家屋調査士も筆界(公法上の境界)を特定するのに、公図と実測図等の重ね図を作成します。
やっぱり、重ね図はよくわかるよね~
品川橋。
日本橋駅、京橋駅、新橋駅ときたら、品川橋って駅があってもいいのにと思いましたが、品川は特別ですね。江戸の第一の宿場町・品川宿という代表名称があるから、古くから周辺地域を品川と呼んできたのだと思います。
街道・東海道にはポツポツと寺院があります。
そして、神社も・・・。
そうこうしているうちに夕方になってしまいました。
今日はここ青物横丁駅近くの交差点で終了です。
ここは、私が建設コンサルタントに勤めていたころ、地下の1500mmの水道管の中に入って測量をしたところでした。あの時は辛かったえーん
ひとまず、チロ太君!お疲れ様でした。あとはパパがリュックバッグでお家まで連れて行ってあげるねラブ(その2に続く)
(その2)青物横丁〜蒲田
(その3)蒲田〜川崎
(その4)川崎〜生麦~神奈川新町
(その5)神奈川新町~戸塚 1/2
(その5)神奈川新町~戸塚 2/2
(その6)戸塚~茅ヶ崎
(その7)茅ヶ崎~二宮
(その8)1/2 二宮~入生田
(その8)2/2 二宮~入生田